法窓小話

乱筆乱文にて失礼致します

「要請」は行政指導か?


昨日の記事の続きです。

昨日は勢い余って法律に基づいた行政指導をすべきなんて書いてしまったのですが,そもそも中部電力に対する浜岡原子力発電所のすべての原子炉の運転停止の要請(以下,「本件要請」とします。)が行政指導として適法かを考えなければならないなと考え直し,以下で検討してみました。あくまで私見なので,正確さは保証できません。


1 行政指導とは何か?

まずは,本件要請が行政指導といえるかが問題となります。「行政指導」については,行政手続法2条6号に定義が載っていますので,その定義にあてはまれば,本件要請が行政指導にあたることになります。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(略)
 六 行政指導 行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言、その他の行為であって処分に該当しないものをいう。

上記の定義から,行政指導を分解すると,(1)主体が行政機関であること,(2)任務又は所掌事務の範囲内であること,(3)特定の者に対する行為であること,(4)一定の作為又は不作為を求める行為であること,(5)処分に該当しないものの5つに分けられるでしょう。
本件要請は,中部電力株式会社に対してなされたものでありますから,(3)はみたします。
要請の内容は,浜岡原子力発電所のすべての原子炉の運転停止ですから,(4)もみたします。
さらに,(5)は,法的拘束力のない事実行為を意味するところ,政府は本件要請に法的拘束力がないことを認めていますから,これもみたします。
そこで,残りの2つについて見ていくことにします。


2 本件要請をしたのは誰か?

行政指導は,行政機関が行うものなのですが,本件要請は誰が中部電力株式会社に対して行ったのでしょうか。


5月6日に行われた菅首相の記者会見を見ると分かるのですが,首相は,「私は内閣総理大臣として、海江田経済産業大臣を通じて*1浜岡原子力発電所のすべての原子炉の運転停止を中部電力に対して要請をいたしました」*2と言っています。
そして,経済産業省のサイトを見ると,以下の海江田経済産業大臣の談話・声明*3が挙げられています。

緊急安全対策の実施状況の確認と浜岡原子力発電所について

平成23年5月6日
(中略)
6. 中部電力浜岡原子力発電所についても、中部電力が短期の緊急安全対策に全力をあげて取り組んでおられる姿に敬意を表す。しかしながら、文部科学省の地震調査研究推進本部の評価によれば、30年以内にマグニチュード8程度の想定東海地震が発生する可能性が87%と極めて切迫している。こうした浜岡原子力発電所を巡る特別な事情を考慮する必要があり、苦渋の決断として、同発電所については、想定東海地震に十分耐えられる防潮堤設置等の中長期対策を確実に実施する必要があり、この中長期対策を終えるまでの間、定期検査停止中の3号機のみならず、運転中のものも含め、全ての号機の運転を停止すべきと判断した。本日、中部電力に対して、中長期対策の確実な実施と浜岡原子力発電所全号機の運転停止を求めた。

(略)

別紙においてやはり経済産業大臣名で中部電力に対して,運転停止を求めています*4
このように見ていくと,本件要請をしたのは経済産業大臣だということになります。
この場合,経済産業省設置法によると,経済産業省の任務及び所掌事務には原子力に関する事柄も含まれていますから,形式的にみると,(1),(2)をみたすことになります。

(所掌事務)
第四条  経済産業省は、前条の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる。
(中略)
 五十五  エネルギーに関する原子力政策に関すること。
 五十六  エネルギーとしての利用に関する原子力の技術開発に関すること。
 五十七  原子力に係る製錬、加工、貯蔵、再処理及び廃棄の事業並びに発電用原子力施設に関する規制その他これらの事業及び施設に関する安全の確保に関すること。
 五十八  エネルギーとしての利用に関する原子力の安全の確保に関すること。

以上から,本件要請は,原子力発電所の運転停止を求めることにつき直接規定した法律はないけれども,経済産業大臣による行政指導であると考えられそうです。


3 もし内閣総理大臣菅直人原子力発電所の原子炉の運転停止を要請したら

確かに形式的にみると上記のような結論になりそうです。
しかし,前述のように,菅首相が「内閣総理大臣として」要請していると言っていることからすると,実質的には内閣総理大臣による行政指導とみる余地もありそうです。*5
そうだとすると,原子力発電所の原子炉の運転停止を求めることが内閣総理大臣の任務又は所掌事務の範囲内であるといえるのかが問題となってきます。
憲法上,行政権は内閣に属するのではあり,内閣総理大臣に属するわけではありません(憲法65条)。そのため,本件要請を行政権の行使として即是認することはできません。
内閣総理大臣の職務については憲法72条や内閣法6条等が規定しています。

憲法
第七二条 内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する

内閣法
第六条  内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する

というように,行政各部を指揮監督することは内閣総理大臣の任務又は所掌事務といえるでしょう*6。しかし,行政各部ではない中部電力株式会社に対する指揮監督は内閣総理大臣の任務又は所掌事務の範囲外であるとはいえなさそうです。
そうすると,内閣総理大臣が直接中部電力株式会社に対して原子力発電所の原子炉の停止を求めたとみる場合,憲法や内閣法に照らして考えてみると,そのような要請は(2)をみたさないため,行政指導としての適法性に疑いが生じるといえそうです。ただし,最高裁は,内閣総理大臣が,大臣を介さずに直接国民に対して行政指導をすることができるかどうかについて判断したことがありませんので,このような行政指導は行政手続法の定義に合致しないため違法であるとは断言できないように思えます。


4 とりあえずまとめてみると

以上をまとめてみると,本件要請については下記のように場合分けできるのではないでしょうか。
パターンA 経済産業大臣が本件要請をした。内閣総理大臣経済産業大臣に本件要請をするよう指揮監督をした。これについて閣議にかけて決定した方針が存在する
パターンB 経済産業大臣が本件要請をした。内閣総理大臣経済産業大臣に本件要請をするよう指揮監督をした。これについて閣議にかけて決定した方針が存在しない
パターンC 内閣総理大臣が本件要請をした


パターンAの場合は,本件要請は行政手続法上の行政指導にあたると考えられます。
パターンBの場合は,本件要請は行政手続法上の行政指導にあたると考えられます。また,内閣総理大臣による指揮監督も一応適法だと考えらます。
パターンCの場合は,本件要請は行政手続法上の行政指導にあたらない可能性があります


以上,長々と見てきたのは,本件要請が行政指導といえるかどうかでありまして,本件要請が手続上・内容上適法な行政指導といえるかではありません。形式的に行政指導に該当するからといって何をしてもいいわけではないのです*7。その点では,やはり法治国家的観点から相手方に事実上の強制をさせるようなものは慎むべきであろうと思います。

*1:引用文中の強調は稿者による,以下同じ。

*2:http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201105/06kaiken.html

*3:http://www.meti.go.jp/speeches/data_ed/ed110506aaaj.html

*4:http://www.meti.go.jp/press/2011/05/20110506006/20110506006.pdf(PDFです)

*5:多くの人は首相による要請だと思っているのではないでしょうか。私もそう思っていますが。

*6:内閣総理大臣経済産業大臣に対して原子力発電所の運転停止を求めるよう指揮したとみることはできるでしょう。その場合,「閣議にかけて決定した方針」がないように思えるため,このような方針がない場合に内閣総理大臣に指揮監督する権限があるかは問題となります。この点,ロッキード事件(丸紅ルート)の最高裁判決(最大判平成7年2月22日刑集49巻2号1頁)は,「・・・閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても・・・,流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため,内閣総理大臣は,少なくとも,内閣の明示の意思に反しない限り,行政各部に対し,随時,その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導,助言等の指示を与える権限を有するものと解するのが相当である。」と判示しています。ただし,この判決は,賄賂罪にいう職務行為といえるかという刑法上の問題に関するものであり,この判示が行政法上の内閣総理大臣の権限を示したものと考えることができるかどうかは分かりません。ただし,一応この判決を参考に論を進めていきます。

*7:行政手続法は,「行政指導にあっては,行政指導に携わる者は・・・行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない」(32条1項)ことや「行政指導に携わる者は,その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として,不利益な取り扱いをしてはならない」(同条2項)ことを規定しています。