法窓小話

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憲法上の義務について(後編)

0.憲法と義務の話
1.憲法と義務の歴史
〈以上が前回まで〉憲法上の義務について(前編)

2.大日本帝国憲法と義務

1889年に発布された大日本帝国憲法にも、義務規定が置かれていました。兵役の義務(20条)と納税の義務(21条)です。これらの義務は、「第二章 臣民権利義務」という章に置かれていました。19条(公務就任権)以外の権利規定よりも先に具体的義務規定を置いているところは、日本国憲法との対比上興味深いです。

大日本帝国憲法では、条文上二つの義務を規定していますが、その他に勅令上「教育の義務」があり、これら三つを臣民の三大義務と称します。


3.日本国憲法と義務
 (1)どのような義務があるのか?

いよいよ、日本国憲法における義務規定の意義に入ります。
日本国憲法には義務規定が少ないと憤る方には朗報ですが、)現行憲法には以下の通り条文上五つの義務が規定されています。

  1. 自由・権利の保持責任と濫用責任(12条)
  2. 教育の義務(26条2項前段)
  3. 勤労の義務(27条1項)
  4. 納税の義務(30条)
  5. 憲法尊重擁護義務(99条)


このうち、12条は一般的義務、教育・勤労・納税の義務は具体的義務と呼ばれます。
今回は、この一般的義務と具体的義務(+α)について見ていきたいと思います。憲法尊重義務はまた機会があればやります。


 (2)一般的義務とは何か?

憲法は、具体的な権利規定の前に総則的な規定として、一般的な義務に関する規定を置いています。それが12条です。

第十二条
 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

12条を詳しく見ると、「自由・権利の保持の義務」「自由・権利を濫用しない義務」「自由・権利を公共の福祉のために利用する義務」の三つに分解できますが、この規定は、国民にとっての精神的指針という意味はあるが、具体的に何らかの法的義務を課したわけではないというのが、学説の一致しているところです*1

例えば、憲法上思想・良心の自由(19条)は内心にとどまる限り絶対的に保障されますが、思想の発現としての外部的行為を伴う場合には憲法上問題となります。具体的には、公立小学校の音楽教諭が君が代伴奏の職務命令を拒絶した場合などが考えられます。法的義務を否定する見解に立てば、「職務命令の拒絶は公共の福祉に反する」と考えたとしても*2、その行為が「思想・良心の自由を公共の福祉のために利用する義務に反している」として、「12条の義務違反を根拠として」法的な制裁を課すことはできないと言えます*3

法的義務ではない点では多くの学説は一致しますが、そのニュアンスには違いがみられます。すなわち、法的義務はないというように消極的に解する見解から、責任・義務の行使を強調し、公共の福祉のために自由・権利を利用することが義務づけられているというように積極的に解する見解まで、その表現方法に濃淡があります*4

なお、「自由・権利の保持の義務」に関して、これを単に自由・権利を保有するというだけのことではなく、自由・権利に対する不当な侵害や圧迫に対して、積極的に基本権を擁護する態度を意味するとして、12条にいう自由・権利の保持のための「不断の努力」の義務づけのうちに「抵抗権の原理」を読み取る見解もあります*5


(3)教育の義務
では、具体的義務規定に入っていきます。まずは、教育の義務です。

第二十六条
 1 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
 2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育はこれを無償とする。

教育の義務といわれていますが、この義務は「こどもが学校に行く義務」では当然ありません。この義務は保護者が子に普通教育を受けさせる義務であり、負う主体は、子の保護者たる国民です(教育基本法5条1項、学校教育法16条、17条)。

この就学義務違反には、制裁規定が設けられています(学校教育法144条)。

他方、国民に義務を負担させる反面、国家としても当然にその便宜をはかる義務を負うため、義務教育は無償であるとされます。また、経済的理由によって就学困難な子の保護者に対して、市町村は必要な援助を与えなければならないとされています(学校教育法19条)。


(4)勤労の義務

第二十七条
 1 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
(以下略)

勤労の義務は、「帝国憲法改正案」の審議中に衆議院での修正として加えられたものです。この修正を主張した社会党の議員からは、規定の趣旨として、「働かないものは食うべからずと云う原則」あるいは「国民皆労」が唱えられましたが、政府としては、勤労の義務に特別の意味を認めていませんでした。

この義務の内容については、国民に勤労を法的に強制できるような具体的な義務ではないというのが一般的な見解です*6

ただ、義務規定の意義については、いくつか見解が分かれています。

一つ目が、人が労働にいそしむべき道徳的義務を負うことを宣言しているにとどまるとする見解です*7

二つ目が、この規定は社会国家の根本原理を定めたもの(「働かざる者は、食うべからず」の原理)であるとして、社会国家的給付に内在する当然の条件として、働く能力があり、その機会もあるのに、働く意欲も持たず、また実際に働かない者は、生存権の保障が及ばないなどの不利益を受けても仕方がないという意味が含まれているとする見解です*8
この見解によると、生活保護法4条1項や雇用保険法4条3項が、生活扶助や失業保険金の給付の前提として、働く能力や意思の存在を前提としていることを、憲法の定める勤労の義務の帰結であるといいます。

三つ目に、二つ目の見解を前提としつつ、不労所得者に対して、生活困窮者との不当なアンバランスを是正するために、この規定の見地から一定の合理的な制限を課する処置をとりうるのではないか(その制限を立法政策として国家に要求している)、という見解があります*9


(5)納税の義務

第三十条
 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。

この義務は、国家の活動が国民の納める税金を前提としていることから、自明の事柄を定めたものだとされます。当初「帝国憲法改正案」にはなかったものですが、衆議院で修正追補されたものです。

この規定で重要なのは、納税の義務が課せられているという部分ではなく、「法律の定めるところにより」の部分です。すなわち、憲法84条の趣旨が、ここに重ねて述べられているのです。




以上、ざっと見ていきましたが、義務に関する部分は本当に議論が低調で、個人的にはもう少し掘り下げてもいいんじゃないかなと思う部分もいくつかありました。教育の義務と外国人との関係などです。

個人的な感想としては、(いつくるか分からない)憲法改正時には、これら義務規定も見直しの対象にしてほしいです。もちろん、具体的義務規定を減らす方向で。

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*1:野中ほか『憲法?(第四版)』有斐閣、2006年、534頁。

*2:あくまで思考実験であり、私がそう考えているわけではありません。

*3:ただし、12条と13条は、人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理として人権制約の根拠になるのが通説です。そのため、他人の人権との調整において、ある程度制約を受けるといえます。どの程度かは、権利の性質に応じて異ります。

*4:後者の例として、齋藤康輝「国民の義務に関する憲法的考察」朝日法学論集35号、5頁以下。

*5:小林直樹『憲法講義・上(新版)』東京大学出版会、1980年、279頁。

*6:小林・275頁、野中ほか・536頁。

*7:長谷部恭男『憲法(第四版)』新世社、2008年、103頁以下。

*8:齋藤・15頁以下、伊藤正己『憲法(第三版)』弘文堂、1995年、410頁以下。

*9:小林・275頁以下。